わたしがこの職場で案内人として勤め始めてから何年になるだろうか。
 それはもう、多くの人の旅立ちを見送った。職場の性質上お年寄りが多かったが、案外若い人も来るもので、その中に良い出会いがないかな、なんて夢見たこともあったのだが、彼らにとってここは単なる通り道に過ぎないので、わたしもそんな子供じみたことは考えなくなった。大体ここで寿退社なんて聞いた事がない。
『死後の世界の案内所』で、誰と結婚するというのだ。
「今日のD地区ご案内は三十七名です」
 案内業務の上司に告げると、上司である黄泉崎氏はふうん、と言った。
「何かあったの」
「何でも事故があったそうで、旅行客が何人も亡くなってますね。あと、寒波でお年寄りが」
 新聞ぐらい読めよ、という言葉を呑み込んで、わたしは淡々と言う。現世の新聞ならここは好きなだけ読めるのだ。大手数社も、地方新聞も、スポーツ新聞も、あとラジオを聴きながら競馬新聞を読んでいる先輩もいる。予想が当たったって当然馬券なんて買ってないんだから換金できないのだが、一度予想で万馬券を当てたことがあって、その時は大騒ぎしていた。案内所に来たご老人にまで自慢をしていたくらいだ。その老紳士が競馬好きだったので大いに盛り上がって良かったが、気分にむらっ気があるので案内人には向かない、というのが本人の弁だ。
 死後カウンセラー。それがわたしたちの職業だ。死んでしまった人が現世への未練を昇華し、次の世界に旅立っていくための門番とも言える。語感が悪いので改名しよう、と言う者もいるが、これ以上に解りやすい名称もないと思うので、今のところ大きな声にはなっていない。数名のカウンセラーが亡くなった方々のお話を聴いていくのだが、実はわたしは自分がどうしてカウンセラーをやっているのか解らない。
 死んだ人間に適性があればなれるのか、それとも人間とは違う何かなのか、それを誰も知らない。上司の黄泉崎氏も、先輩の常井さんも知らない。事務の空江さんも知らないし、わたしたちが何者なのか教えてくれる人は誰もいない。食事を取らなくても生きていけるし、そもそも生きているのかすら解らないし、大体食事と言う概念自体カウンセリングに必要だから知っているだけであって、実際に何かを食べた記憶はない。お茶くらいは飲むが、その茶葉を誰がどこから仕入れているのか判らない。何とも謎であるというのが、わたしたちだ。『次の世界』と言うものがどんなものかも知らないのだ。実のところ、亡くなった人と会話をするだけの簡単と言えば簡単な仕事である。
 とは言え難しい人というのは死んだ後も難しいもので、ゴネてゴネて三日は滞在した人もいた。担当カウンセラーがそのあと寝込んだくらいだ。わたしの時でなくて良かった、と勝手ながら思う。死後案内なんだから、ここでどれだけ不服を言ったって生き返るわけもないのに、人間の生への執着心と言ったらただ事ではない。亡くなった人の数人に一人はなかなか納得してくれないのだ。
 それでも面白い話があって、カウンセラーと話をしている時に「忘れ物をした!」と言うなり走って去ってしまい、二日ほどしてまたやってきた人がいたそうだ。なんでも、遺言だか何だかを忘れていたので、言いに戻ったというのだ。事実、その時の新聞で『二度死んだ人間』というネタにもなったというのだから、人間と言うのは面白い。出来ないことはないのではないかと思われる。逆にわたしたち死後カウンセラーの出来ることの少なさと言ったら、退屈も余りある。今日はそれでも三十七人のお客さんが来るので、かなり忙しいほうだ。
 
「ようこそ死後案内へ、お待ちしておりました」
 決まりきった文句で客を迎える。おおむね、寿命を迎え大往生した老人はすんなりと納得して『次の世界』へと旅立ってくれる。厄介なのは不慮の事故で亡くなった方だ。突然の事に文字通り魂が抜けたように茫然とソファに座りこんで、次はあれをやってない、これがまだだと未練を語り始める。わたしたちはそれをなだめてすかして説得して、送りださなければならない。可哀想にな、と思う心は次第に麻痺し、早く受け入れてくれないかな、などと思ったりもする。申し訳ないが、死後の世界もお役所は事務的なのだ。二十八人の事故死者と聞いた時は目眩がした。一日で終わるだろうか。後々の業務に差し支えなければいいが。

 難儀をしながらもひとしきり死者を送りだしたところで、ソファにずっと一人の女性が座り続けている事に気付いた。歳の頃は五十過ぎといったところか。白髪の混じる髪をボブにして、比較的整った顔立ちだ。若い頃はそこそこの美人だったのではないだろうか。隣に腰掛けて、さあ何と切り出そうかと考えていると、不意に女性が口を開いた。
「死んでしまったんですねえ」
 どう返答するのが正解なのか未だに判らないが、こういう言葉には「ええ」とだけ返す事にしている。女性は座ったまま、自分の靴の先を見ながら長く息を吐いた。少し汚れたスニーカーだ。服装も秋の散策と言ったところか。
「わたしね、離婚するつもりだったんですよ」
 女性の唐突な独白に、わたしは「はあ」と間抜けな返事をした。
「別に主人が嫌いになったとか、浮気をされたとかそんなんじゃないんです。熟年離婚って言うんでしょうか。二十七の時に結婚して。そのうち子供も生まれて。主人には少し遅い子でしたから、可愛がってはくれましたねえ」
 懐かしむように女性は目を細めた。
「でもねえ、このところ、わたしずっと考えていたんです」
「考えていた?」
「ええ。わたしの人生は本当に充実していたんだろうかって。主人は仕事ばっかりで、子供の事は面倒見てくれるけど、わたしの事は長いことほったらかしで。訊かないと、ご飯が美味しかったのかどうかも答えてくれない。あの人は無言で洗濯物を出して、いつの間にか寝ていて、時々は接待と言って飲みに行ったり、部下を突然連れてきてもてなしをさせられたこともあった。けど、わたしがそれをすることが当たり前みたいになって、お礼の一言も言われたことがないのよ。わたしはどんどん歳を取るし、自分の楽しみなんてほとんどなかった。ただ娘が成長していくことだけが生きがいだった。その娘ももう大学に入って、これからは自分の好きにやろうかなんて思って、たまたま昔保護者会を通じて知り合った友人に誘われて、旅行に出かけて……」
 そして事故に遭って、ここに来たのだ。わたしは女性の告白を聴くうちに、まるで自分が当の女性になったかのように重苦しい気持ちで耳を傾けていた。自分だったらどうだろう? 毎日夫と子供の弁当を作り、洗濯をして、掃除機を掛け、学校行事には自分だけが参加し、娘の反抗期を乗り越え、夫は遅くなってから今日の夕食は要らないと電話を掛けてきて、感謝も何もされない、それが当たり前の生活。どんよりと曇った気持ちが心を支配する。女性になんと声を掛ければいいのか判らず、押し黙ったまま女性の横顔を見た。悲しみや悔しさより、諦めがそこにあった。自分の人生はそういうものなのだと。誰からも評価もされないのが自分なのだと、言外にその瞳が言っていた。
「あたしが死んだら、あの人はなんて思うのかしらねえ」
 仮定のように女性は言ったが、死んだらではなく実際死んでいる。夫に心境を訊いてみる機会は永劫訪れない。カウンセラーとして、わたしはどう言えばいいのだろう。下手な慰めや勝手な憶測は全く意味がないことを、ここでの業務を通してわたしは知っている。
 ふと気が付くと、女性はマガジンラックの新聞に目をやっていた。
「これ……」
 女性は立ち上がり、よろよろとラックに歩み寄る。新聞を取り上げて、一面記事を凝視している。そこには昨日起こった電車の脱線事故の記事が載っていた。重軽症者数十名、重体者一名。
「主人が乗る電車だわ」
 青ざめた女性の手が震えていた。ものすごい速さで記事に目を通していく。
「死んだ人はいないのね」
 独り言のように女性は言った。
「良かった」
「御主人も無事だったんですね」
 女性は新聞をめくる。
「ええ。馬鹿みたいね。わたし、安心してるわ。離婚したいだなんて思ってても、結局は主人が大事だったのね……」
 女性の声は段々小さくなった。
 ある一点を見つめて、茫然としている。
「どうかされましたか」
 不安になって尋ねると、女性の眼から大粒の涙がこぼれた。それはパタリと音を立てて紙面に落ちる。女性は堪え切れず、嗚咽を漏らして座り込んだ。「ああ……これ……、主人です!」
「えっ?」
 女性が差し出す新聞の、最後から二番目のページに、重体から回復したという男性へのインタビュー記事が載っていた。
「わたし、見たのよ。ここに来るまでに。主人が途中の駅にいるの。見間違いだと思ったけど、やっぱりあの人だったんだわ!」
 女性は後から後からこぼれ出る涙を袖で拭いながら、泣き止むことはしなかった。感情任せに、子供のように泣きじゃくり、それから少し笑って、わたしに「ティッシュくださる?」と訊いた。
「ええ、もちろん」
 女性と言うのはこんなときでも化粧の崩れを気にするものらしい。落ちたアイライナーを鏡もないのに器用に拭って、幾分スッキリした顔つきで立ち上がった。
「お手間を取らせてしまってすみません」
「いえ、とんでもない」
 あなたは難しくない方のお客さんですよ、とは言わずに、わたしはにっこり笑った。
 『次の世界』への扉に手を掛け、その女性はわたしに頭を下げる。
「どうも、ありがとう」
「いいえ。あなたの旅路が良いものでありますように」
 決まりきった文句だが、わたしはいつもより少しだけ一層心を込める。扉を開き、くぐると、女性はわたしに笑いかけ、そしてゆっくりと扉を閉めた。見送りは、いつもちょっとだけ寂しい。

「話し込んでたみたいだけど、大丈夫?」
 事務の空江さんが訊いてきた。無理からぬことだろう。わたしの目もほんの僅かに濡れていたから。
 新聞のインタビュー記事はこんな言葉で締めくくられていた。
「九死に一生を得た飯島さんは、帰ったらまず何をしたいかという問いかけにこう答えた。『妻に、愛していると伝えたいですね』。飯島さんの目は爽やかだった。」
 わたしは書類を取り出して必要事項を記入し、自分の判子を押した。
「飯島雅恵さん、お見送りです」
「おう、お疲れ彼方ちゃん。これで今日は終わりかな」
「そうですね」
 黄泉崎氏はふーんと言って背伸びをした。簡素なデスクチェアがぎしりと悲鳴を上げる。わたしから受け取った『死後認定証』に目を通して、上長欄に判を、斜め上には認定済みの印を押す。この書類がどこに行くのか、わたしたちにも判らない。それでも、毎日書類を作ってはせっせと書類棚に入れていく。『次の世界』で使われるのかもしれない。何にせよ、わたしたちには関係のないことだ。
 案内をした人が出来るだけ、笑顔で旅立ってほしい。ただそれだけだ。

 こちらは死後の世界の案内所。
 もし退屈でも、新聞だけは置いてありますから、ご安心を。







2014/02/03




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